🏁 TEAM ÉTOILE — ENDURANCE DATA

SC 中のピットイン — モデル評価で「得」と判定された3例・「損」と判定された3例

EnduraBase ewc_sc_strategy / 2026-08-10 作成 · FIM EWC 2021-2026 決勝 20 戦

作成: 2026-08-10 / 対象データ: FIM EWC 2021-2026 の決勝 20 戦(Turso 本番 DB) 出典: systems/ewc_sc_strategy/data/sc_pit_evaluations.json(SC 中ピット 619 件の評価結果)

セーフティーカー(SC)中のピットインを、過去レースの実データ6件で解説する。 レース戦略の予備知識がなくても読めるように書いてあるが、どこまでが観測された 事実で、どこからが計算・推定・解釈なのかを区別できる形にしてある。


この文書が答えること/答えないこと

答えること

答えないこと(データに含まれていない)

タイミングデータには「何周目に、どれだけの時間で、ピットに入ったか」しか 記録されていない。「なぜ入ったか」は一切分からない。 この文書の 「得/損」はすべて、燃料と時間だけを見たモデル上の判定である。

数値の4分類

本文中の数値には、以下のラベルを付けている。

ラベル 意味 該当する値
観測 タイミングデータにそのまま記録されている値 ラップタイム、ピットした周、順位、実停止時間(2026年〜)、ピット間隔
算出 観測値から計算した値。計算方法に前提が入る 実効ピットロス、燃料消費率、スティント長
モデル シミュレーションによる推定値。実際の結果ではない ラップ得失、ピット回数差
解釈 上記をもとにした筆者の読み 「良かった」「まずかった」「教訓」

0. 3分でわかる前提知識

0-1. 耐久レースの勝ち方

規定時間(8時間や24時間)で最も多く周回したチームが勝つ。だから 「速く走る」ことと同じくらい「止まっている時間を減らす」ことが重要になる。

止まる主な理由は燃料。1回の給油で走れる距離(=1スティント)はコースによるが、 Le Mans なら約 30〜35 周。24時間で 850 周走るなら、25 回前後ピットに入る。

ピット1回の損失は 30〜60 秒。 ピット回数を1回減らせれば、それだけで ライバルより 30〜60 秒前に出られる。

0-2. SC 中のピットが「安い」理由

SC が出ると全車が隊列走行になり、ラップタイムが 1.5〜2 倍に落ちる。 ピット作業にかかる時間は変わらないが、その間にライバルが進む距離が減る

flowchart LR
    subgraph NORMAL["通常時(1周 100秒)"]
        direction TB
        N1["自分: ピット作業 60秒"]
        N2["その間ライバルは<br/>0.60 周ぶん前進"]
        N1 --- N2
    end
    subgraph SC["SC 中(1周 160秒)"]
        direction TB
        S1["自分: ピット作業 60秒"]
        S2["その間ライバルは<br/>0.37 周ぶん前進"]
        S1 --- S2
    end
    NORMAL --> RESULT["同じ 60 秒の作業でも<br/>SC 中は失う距離が 4 割少ない"]
    SC --> RESULT

データでも整合する。2023 Le Mans の SST クラスは通常時のピットで 中央値 88 秒を失っている〔算出〕が、後述の事例①で SC 中に入った #16 は 同じ作業が 37 秒しか響いていない〔算出〕。

0-3. ただし「安いから入る」だけでは足りない

ここで本書のキーワードを定義しておく。

「捨てた燃料」とは タンクにまだ走行可能距離が残っている段階で満タンにすると、その残燃料を 使ってピット時期を後ろへ送る機会を失う。燃料そのものを廃棄するわけではない (通常は継ぎ足し給油)。本書では、この失われた走行可能距離を便宜上 「捨てた燃料」と表現する。

走行可能距離を残したままピットに入ると、以降のスティント割りが前倒しになり、 ゴールまでに給油回数が1回増えることがある。

【使い切ってから入る】スティント長 34 周
  ┌────34周────┬────34周────┬────34周────┬──残り18周──┐
  │            ●            ●            ●   ゴール    │   ピット3回
  └──────────────────────────────────────────────────┘

【22周で入る】12 周ぶんの走行可能距離を残したまま満タンにする
  ┌──22周──┬────34周────┬────34周────┬────34周────┬─6周─┐
  │        ●            ●            ●            ●     │   ピット4回 ← 1回増
  └────────────────────────────────────────────────────┘
                                              ↑ 最後の6周のためだけに
                                                もう1回止まる羽目に

今回の6例で、モデル上の成否を最も明瞭に分けているのは、この 「ピット時点で燃料をどれだけ使い切っていたか」だった。 ただし後述の事例⑥の ように、燃料以外の理由(ガス欠マージン)で説明できるケースもある。

0-4. 用語

用語 分類 意味
燃料消費率 算出 ピット時点で1スティント分をどれだけ使っていたか。100% = ちょうど使い切り。分母は同一レース内のピット間隔の中央値
実効ピットロス 算出 ピットアウト周のラップタイムから、そのチームの通常ペースを引いた値。ピットレーン走行と作業で余計にかかった時間
クラス通常値 算出 同じレース・同じクラスの、SC 期間外のピットロス中央値。比較の基準線
実停止時間(stand_time) 観測 ピットボックスで実際に停止していた時間。2026 年のデータから取得可能
ラップ得失 モデル 「取った場合」と「取らなかった場合」をシミュレーションしたゴール時総周回数の差
ピット回数差 モデル 同上。+1 = 余計に1回止まる判定、0 = 変わらず

1. 「得」と判定された3例

事例① 2023 Le Mans 24h / #16(SST クラス)

燃料が尽きる周に SC が重なった、最も分かりやすいケース

項目 分類
カタログ上の SC 期間(リーダー lap 基準) lap 86-94
#16 自身で減速を確認した区間 観測 lap 82-85(通常 106秒 → 134〜190秒)
ピットした周 観測 lap 86
このチームの平常スティント 観測 28〜31 周(レース全体で 28 回のピット)
前回ピットからの経過 観測 31 周
燃料消費率 算出 103%(使い切り)
実効ピットロス 算出 37 秒(SST クラス通常値 88 秒)
ラップ得失 モデル +0.90 周
ピット回数差 モデル ±0(余計な停止なし)
lap  79 │█████████████████████                 │ 107s
lap  80 │█████████████████████                 │ 107s
lap  81 │█████████████████████                 │ 106s   ← 通常走行
lap  82 │██████████████████████████            │ 134s  ◀ #16 で減速を確認
lap  83 │██████████████████████████████████████│ 190s  ◀ #16 で減速を確認
lap  84 │█████████████████████████████████     │ 168s  ◀ #16 で減速を確認
lap  85 │████████████████████████              │ 122s
lap  86 │▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒│ ピットイン        ◀ この判断
lap  87 │████████████████████████████████████  │ 181s   ピットアウト周(まだ低速)
lap  88 │█████████████████████                 │ 107s   ← 通常走行に復帰
lap  89 │█████████████████████                 │ 105s
lap  90 │████████████████████                  │ 105s

読み取れること〔解釈〕

このチームは 28〜31 周ごとに規則正しくピットしており〔観測〕、減速が始まった lap 82 の時点ですでに 27 周を消化していた〔観測〕。どのみち数周以内に 入る必要があった局面に、低速区間が重なった。

教訓: SC は「入るべきタイミングが近づいている時」に来ると最大の価値になる。 順序としては、SC を待って給油を我慢するのではなく、給油が必要な状態で SC が 来たら迷わず入る


事例② 2024 Le Mans 24h / #111(SST クラス)

長い SC の中盤で入ったケース ─ 事例④とまったく同じ SC

項目 分類
カタログ上の SC 期間 lap 210-223(14 周の長い SC)
#111 自身で減速を確認した区間 観測 lap 208-214(通常 102秒 → 151〜161秒、7 周連続)
ピットした周 観測 lap 215
このチームの平常スティント 観測 30〜32 周(レース全体で 26 回のピット)
前回ピットからの経過 観測 34 周(平常より 2〜4 周長い)
燃料消費率 算出 106%
実効ピットロス 算出 69 秒(クラス通常値 89 秒)
ラップ得失 モデル +0.79 周
ピット回数差 モデル ±0
lap 208 │█████████████████████████             │ 152s  ◀ #111 で減速を確認
lap 209 │██████████████████████████            │ 159s  ◀
lap 210 │██████████████████████████            │ 160s  ◀
lap 211 │██████████████████████████            │ 158s  ◀
lap 212 │██████████████████████████            │ 159s  ◀
lap 213 │██████████████████████████            │ 161s  ◀
lap 214 │█████████████████████████             │ 151s  ◀
lap 215 │▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒│ ピットイン           ◀ この判断
lap 216 │██████████████████████████████████████│ 226s   ピットアウト周
lap 217 │█████████████████                     │ 107s   ← 通常走行に復帰
lap 218 │█████████████████                     │ 104s
lap 219 │█████████████████                     │ 103s

読み取れること〔解釈〕

全開なら 100 秒の車が 150〜160 秒に抑えられた状態が 7 周続いた〔観測〕。 その間にタンクは空に近づき、平常より長い 34 周まで引っ張ってから入っている〔観測〕。

教訓: SC が長い場合、最初の周に飛び込む必要はない。自分の燃料が尽きる タイミングが低速区間と重なっていれば、その中のどこで入っても得は取れる。


事例③ 2026 Le Mans 24h / #90(EWC クラス)

実際に何秒止まっていたかまで記録が残っている最新の事例

項目 分類
カタログ上の SC 期間 lap 198-209
#90 自身で減速を確認した区間 観測 lap 196-200(通常 99〜102秒 → 133〜141秒)
ピットした周 観測 lap 201
実停止時間(stand_time) 観測 124 秒
順位 観測 12 位 → 12 位(この区間で変動なし)
このチームの平常スティント 観測 33〜34 周(レース全体で 25 回のピット)
前回ピットからの経過 観測 36 周
燃料消費率 算出 109%
実効ピットロス 算出 74 秒(EWC クラス通常値 77 秒)
ラップ得失 モデル +0.81 周
ピット回数差 モデル ±0
lap 194 │██████████████████                    │ 102s   ← 通常走行
lap 195 │██████████████████                    │ 101s
lap 196 │███████████████████████               │ 133s  ◀ #90 で減速を確認
lap 197 │████████████████████████              │ 138s  ◀
lap 198 │█████████████████████████             │ 141s  ◀
lap 199 │████████████████████████              │ 137s  ◀
lap 200 │█████████████████████████             │ 140s  ◀
lap 201 │▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒│ ピットイン           ◀ この判断(実停止 124 秒)
lap 202 │██████████████████████████████████████│ 212s   ピットアウト周
lap 203 │██████████████████                    │ 101s   ← 通常走行に復帰
lap 204 │██████████████████                    │ 100s
lap 205 │█████████████████                     │  99s

読み取れること〔解釈〕

この事例が重要なのは、ボックスで 124 秒停止していたことが観測値として 残っている点。2026 年からタイミングデータに実停止時間が含まれるようになった。

一方、ラップタイムから算出した実効ピットロスは 74 秒で、クラス通常値 77 秒と ほぼ同じだった。

注意: 124 秒は実測値、74 秒はラップタイムからの算出値であり、計測区間が 異なる(前者はボックス停止のみ、後者はピットレーン進入から復帰までの ラップ全体と参照ペースの差)。したがって差の 50 秒をそのまま「SC が吸収した 効果」とは言えない。ここで言えるのは、124 秒という長い停止をしても、 コース上の時間損失は通常のピットと同程度に収まったということ。

教訓: SC 中のピットの価値は「作業を速く終える」ことではなく、 高くつく時間帯を避けて安い時間帯に作業を寄せることにある。


2. 「損」と判定された3例

事例④ 2024 Le Mans 24h / #41(SST クラス)

事例②とまったく同じ SC・1周違いで、モデル判定が逆になったケース

項目 分類
カタログ上の SC 期間 lap 210-223(事例②と同じ SC)
#41 自身で減速を確認した区間 観測 lap 210-213(通常 99秒 → 153〜159秒)
ピットした周 観測 lap 214(事例②の #111 より1周早い)
このチームの平常スティント 観測 34〜35 周(レース全体 25 回、ほぼ一定)
前回ピットからの経過 観測 22 周(平常より 12 周早い)
燃料消費率 算出 65%
実効ピットロス 算出 32 秒(クラス通常値 89 秒 — 単体では最安クラス)
ラップ得失 モデル ±0 周
ピット回数差 モデル +1(余計に1回止まる判定)
lap 207 │█████████████████████                 │  99s   ← 通常走行
lap 208 │█████████████████████                 │  99s
lap 209 │█████████████████████                 │ 100s
lap 210 │████████████████████████████████      │ 153s  ◀ #41 で減速を確認
lap 211 │█████████████████████████████████     │ 159s  ◀
lap 212 │█████████████████████████████████     │ 159s  ◀
lap 213 │█████████████████████████████████     │ 158s  ◀
lap 214 │▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒│ ピットイン       ◀ この判断(まだ 22 周目)
lap 215 │██████████████████████████████████████│ 178s   ピットアウト周
lap 216 │████████████████████████████████      │ 152s
lap 217 │███████████████████████████           │ 130s
lap 218 │████████████████████████████          │ 132s
lap 219 │██████████████████████                │ 105s   ← 通常走行に復帰

読み取れること〔解釈〕

ピット作業そのものは、この日いちばん安く済んでいる。 実効 32 秒は クラス通常値 89 秒に対して 57 秒少ない〔算出〕。単体で見れば成功に見える。

注目すべきはピット間隔の記録〔観測〕。このチームは 25 回のピットを 34, 35, 34, 34, 35, [22], 37, 34, 34, 35, 34, 34, … と刻んでいる。 SC ピットだけが 22 周で、その次が 37 周。平常のリズムから明らかに外れた 1回だけの前倒しであることが、データから直接読み取れる。

モデルはこう評価している〔モデル〕:

このピット以降、ゴールまで 621 周 / 平常スティント 34 周 → 18.3 回のピットが必要
見送っていれば ─── 12 周ぶん後ろにずれて 17.9 回 → 端数が1回ぶん消える

判定: 目先の 57 秒と引き換えに、30〜60 秒のピットを1回多く払う

同じ SC で1周後に入った #111(事例②)は 34 周まで引っ張り、判定は ±0。 同じ低速区間という条件を前にして、タンクの残りに対する扱いが違った。

ただし、この 1 周の違いがタンクの読みによるものか、別の事情(作業内容、 隊列内の位置、出口ウィンドウ)によるものかは、データからは分からない。

教訓: ピットが安いことは、入る理由にはならない。 安さは条件を満たした 時に付いてくるボーナスであって、判断材料にすると事例④のような前倒しになる。


事例⑤ 2023 Le Mans 24h / #90(EWC クラス)

レース序盤の大型 SC ─ 最も多くのチームが直面するパターン

項目 分類
カタログ上の SC 期間 lap 15-27(レース開始 25 分の大型 SC、13 周)
#90 自身で減速を確認した区間 観測 lap 18-22(通常 100秒 → 167〜191秒)
ピットした周 観測 lap 23(このレース最初のピット
このチームの平常スティント 観測 33〜38 周(以降 24 回のピット)
前回ピットからの経過 観測 23 周(スタートから)
燃料消費率 算出 66%
実効ピットロス 算出 46 秒(EWC クラス通常値 78 秒)
ラップ得失 モデル ±0 周
ピット回数差 モデル +1
lap  16 │████████████████                      │ 100s   ← 通常走行
lap  17 │█████████████████                     │ 105s
lap  18 │███████████████████████████           │ 167s  ◀ #90 で減速を確認
lap  19 │█████████████████████████████         │ 176s  ◀
lap  20 │███████████████████████████████       │ 190s  ◀
lap  21 │████████████████████████████████      │ 191s  ◀
lap  22 │██████████████████████████████        │ 179s  ◀
lap  23 │▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒│ ピットイン             ◀ この判断(23 周目 / 平常 35 周)
lap  24 │██████████████████████████████████████│ 227s   ピットアウト周
lap  25 │█████████████████                     │ 104s   ← SC 解除、通常走行
lap  26 │█████████████████                     │ 102s
lap  27 │█████████████████                     │ 101s

読み取れること〔解釈〕

レース開始から 25 分。最初の大型 SC で入った1回目のピット。単体では 32 秒の節約〔算出〕。

このチームの以降のピット間隔は 33, 35, 35, 35, 38, 36, 37, … と 35 周前後〔観測〕。 最初のスティントだけが 23 周で、約 12 周ぶん前倒しだったことが分かる。

残りは 800 周以上。モデル上は、ここで生じた 12 周のズレが以降 24 回のピット すべてに引き継がれ、ゴールまでに解消されない〔モデル〕。

教訓: 序盤の SC は最も飛びつきたくなり、モデル上は最も損になりやすい。 レース序盤は燃料を使い切っている車がそもそも少なく、「SC が出た」だけを 理由に動くとほぼ確実に前倒しになる。


事例⑥ 2022 鈴鹿8時間 / #88(EWC クラス)

モデルは「損」と判定したが、擁護できる余地がある ─ モデルの限界を示す例

項目 分類
カタログ上の SC 期間 lap 186-195
#88 自身で減速を確認した区間 観測 lap 185-187(通常 132秒 → 169〜206秒)
ピットした周 観測 lap 188(直前のピットは lap 182
このチームのピット 観測 26, 52, 78, 104, 130, 156, 182(すべて 26 周間隔)→ 188
前回ピットからの経過 観測 6 周
燃料消費率 算出 23%
実効ピットロス 算出 99 秒(EWC クラス通常値 59 秒 — 通常より高い)
ピット回数差 モデル +1
その後 観測 ゴール(208 周)まで一度もピットしていない
lap 181 │██████████████████                    │ 133s   ← 通常走行
lap 182 │▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒│ ピットイン          (7 回目・平常どおりの給油)
lap 183 │██████████████████████████            │ 184s
lap 184 │███████████████████                   │ 140s
lap 185 │███████████████████████               │ 169s  ◀ #88 で減速を確認
lap 186 │█████████████████████████████         │ 206s  ◀
lap 187 │████████████████████████████          │ 202s  ◀
lap 188 │▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒▒│ ピットイン          ◀ この判断(給油から 6 周後)
lap 189 │██████████████████████████████████████│ 268s   ピットアウト周
lap 190 │███████████████████████               │ 136s
lap 191 │██████████████████                    │ 133s   ← 以降ゴールまで無給油

モデルの判定〔モデル〕

給油から 6 周(消費率 23%)でもう一度入った → 余計な1ストップ。しかも実効 99 秒はクラス通常値 59 秒より 40 秒高く、「SC 中だから安い」も成立していない〔算出〕。

しかし、擁護できる〔解釈〕

ピット間隔の記録〔観測〕を見ると、このチームは 26 周ちょうどで7回連続、 時計のように給油していた。lap 182 の給油が平常どおり 26 周ぶんだったとすると:

lap 182 で満タン → 走行可能 26 周 → 到達可能なのは lap 208
実際のゴール                                    lap 208
                                        → 余裕はゼロ周

マージンが1周もない。 コース上でガス欠すれば車両回収に 15 分前後かかり、 ピット1回(30〜60 秒)とは比較にならない損失になる。この状況で継ぎ足しに 入るのは、十分に合理的な判断でありうる。

同レースの他車も同じ動きをしている〔観測〕:

最終スティントの継ぎ足しは、この レースでは常套手段だった。

この事例が示すこと: 現在のモデルにはガス欠の安全マージンという概念が 入っていない。燃料と時間だけを見て「消費率 23% の再ピット=無駄」と判定するが、 実際には残り 20 周に対して走行可能距離 20 周という綱渡りの局面だった。 少なくとも「給油スケジュール上、他に選択肢がなかった可能性が高い」ケースを、 モデルは失敗として数えている。


3. 6例の比較

レース 車番 燃料消費率〔算出〕 ピット単体の得〔算出〕 モデル判定〔モデル〕
2023 Le Mans #16 103% +51 秒 +0.90 周
2024 Le Mans #111 106% +20 秒 +0.79 周
2026 Le Mans #90 109% +3 秒 +0.81 周
2024 Le Mans #41 65% +57 秒 ピット +1 回
2023 Le Mans #90 66% +32 秒 ピット +1 回
2022 鈴鹿 #88 23% −40 秒 ピット +1 回(※擁護可能)

「ピット単体の得」の列は、判定結果を説明していない。 損と判定された ③例のうち2例は、得と判定された3例よりピット作業が安く済んでいる。

一方、燃料消費率は6例すべてで判定と対応している。ただしこれは 6例という小さな標本での対応であり、事例⑥のようにモデルが見ていない 要因(ガス欠マージン)で説明できるケースも含まれる。

全 445 件を同じモデルで評価した傾向

反実仮想モデルを、評価可能な 445 件に適用した結果:

ピット時点の燃料消費率 件数 追加ピットの判定が出た割合
50% 未満 15 80%
50〜80% 22 27%
80〜100% 167 7%
100% 超 241 6%

この集計の位置づけ 「追加ピット」は実レースで観測された事実ではなく、反実仮想モデルの出力である。 そしてモデルは、燃料消費率の材料そのもの(ピットまでの経過周回・スティント 中央値・見送った場合の残燃料)を入力として使っている。したがって 「消費率が低いほど追加ピット判定が多い」という結果は、モデルの構造から ある程度必然的に生じる。独立した因果検証ではなく、モデルが示す全体傾向 として読むべきもの。

なお、消費率 100% 超でも 6%(241 件中 14 件)は追加ピット判定になっている。 「使い切ってから入れば必ず成功」ではない。 残レース時間との端数の噛み合い、 ゴールまでの距離などが影響する。

独立した検証にするには、モデルを介さず「実際にゴールまでに何回止まったか」を 同条件の他車と比較する必要がある。これは今後の課題(Step C 以降)。


4. 暫定ルール(給油判断のみに限定)

以下は、燃料と時間だけを見た場合の簡易ルール。実運用ではこれ以外の 変数が判断を上書きする(後述)。

flowchart TD
    START["SC が発動した"] --> Q0{"整備・ライダー交代・<br/>ペナルティ等の<br/>別事情があるか?"}
    Q0 -->|"ある"| OTHER["本フローの対象外<br/>個別に判断"]
    Q0 -->|"給油判断だけ"| Q1{"タンクは<br/>あと何周持つ?"}
    Q1 -->|"残り 3 周以内<br/>(消費率 90% 以上)"| GO["入る<br/>実効ロスが 20〜50 秒小さくなる"]
    Q1 -->|"残り 4〜10 周<br/>(消費率 70〜90%)"| Q2{"SC はあと<br/>何周続きそう?"}
    Q1 -->|"残り 10 周以上<br/>(消費率 70% 未満)"| NOGO["原則入らない<br/>1 ストップ増の判定になりやすい"]
    Q2 -->|"まだ続きそう"| WAIT["SC 終盤まで引っ張る"]
    Q2 -->|"すぐ解除されそう"| NOGO2["見送って通常ピットで処理"]
    GO --> BONUS["半周ロスを許容できるなら<br/>タイヤ交換・清掃・点検も同時に"]

    style GO fill:#2d6a4f,color:#fff
    style WAIT fill:#5a7d2a,color:#fff
    style NOGO fill:#8b2635,color:#fff
    style NOGO2 fill:#8b2635,color:#fff
    style OTHER fill:#4a4a4a,color:#fff

言葉にすると3行:

  1. 給油目的の SC ピットは、燃料が残り数周になっていなければ原則入らない。
  2. 「安く済むから」を判断理由にしない。 安さは条件を満たした時のボーナス。
  3. 直前に給油したばかりなら、給油目的では原則入らない(ただしゴール直前の マージン確保は例外 ─ 事例⑥)。

このルールが扱っていない変数

以下は今回の分析に含まれておらず、実際の判断ではこちらが優先されることがある。

したがってこれは確定した運用ルールではなく、給油判断に限定した暫定版である。


5. この分析の限界

5-1. 「SC 中のピット」の大半は、SC 下での判断ではない

SC 期間はリーダーの周回数で定義されている。周回遅れの車は同じ「lap 200」でも 実際には数十分ずれた時刻を走っているため、リーダーが SC 中でもその車は 通常走行中、ということが起きる。

各事例の表で「カタログ上の SC 期間」と「その車で減速を確認した区間」を 分けて書いているのはこのため。両者はズレるのが普通で、データの不整合ではない。

検証すると:

スコアを付与できた                                445 件
  ├ 直前 3 周に 5 分超の異常ラップがあり判定不能      4 件
  └ 判定可能                                      441 件
      └ ピット直前 3 周が自車の全開ペースの
        1.25 倍以上に落ちていた(=実際に SC 下)    58 件(13%)

この文書の6例はすべて、この 58 件から選んでいる。 一方、第3章の 445 件の集計にはそれ以外も含まれるため、傾向を見る目的にとどめるべきである。

→ 次の作業(Step C)では、SC 期間を車ごとの実時刻ベースに直す必要がある。

5-2. 「ピット回数 +1」はシミュレーションの出力

実際のレース記録ではなく、反実仮想シミュレーション(lib/counterfactual.py) の推定値。残り時間・スティント長・全開ペースから「入った場合/入らなかった場合」 を計算した比較であり、タイヤの状態、ライダー交代義務、天候変化、ガス欠マージンは モデルに入っていない(事例⑥はまさにその影響を受けている)。

また、モデルの構造上 「ピット回数が減る」判定はほぼ出ない。SC ピットを 見送っても同じピットを後で払うだけなので、実質的に検出できるのは 「前倒しが1ストップ増やす」側だけである。

5-3. ピット作業の中身は区別できていない

タイミングデータからは「給油だけか、タイヤ交換や整備もしたか」が判別できない。 実効ピットロスが大きい事例(⑥の 99 秒など)には、給油以外の作業が含まれて いる可能性がある。2026 年以降は実停止時間が取れるので、チーム側の作業記録と 突き合わせれば分離できる見込み。

5-4. 「実効ピットロス」の算出前提

実効ピットロス = ピットアウト周のラップタイム − そのチームの直前クリーンラップの 参照ペース。SC 中はピットアウト周自体も低速なので、この値には SC の影響が 含まれる。クラス通常値との比較は同じ算出方法どうしの比較なので相対的には 妥当だが、絶対値を「作業時間」と読むことはできない。


参照